今日も 来て しまった

おいしく食べて、温かい布団で眠る。しあわせのかたちを考える日々の記録

麺喰らう(その 133)カレーヌードル

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何度も言いますが、年々カップ麺を食べなくなりました。


加齢、血圧、減塩。いろんな要素が渦巻きますが、そういうお年頃でしょう。


それでもこの半年で、カップヌードルのしょうゆ味とシーフードは食べました。


さすれば三強の一角、カレーを食べないわけにはいかないでしょう。なんとなく、塗り残した塗り絵のような義務感ですナ。


さて、国民食ともいえるカレーとラーメンですが、お互い不可侵条約を結ぶかのようにあいいれません。


一部ご当地ラーメンや CoCo 壱などでカレーラーメンのムーブメントもありますが、定着しない。


それもこれも、カップヌードルカレー味というパイオニアにして、高い壁を越えられないからではないかと推察します。


さて、富士山には月見草が似合うように、カレーヌードルには、おにぎりがよく似合う。


逡巡したあげくにシャケおにぎりを選択。なんとなく、オカカや梅干しではない。福山雅治も「シャケ食えよ」と勧めていた記憶もあります。


あと唐揚げも買い足して、思春期男子のオヤツのようなワイルドさを醸成する。


残念ながら、中年男性の朝昼兼用なわけだが、そこはそれ、雰囲気だからネ。


待つこと3分、フタを開ければ、プゥンと香るスパイスの海。改めてしみじみ見れば、人参、じゃがいも、謎肉と、いかにもカレーな具が入っているのね。


溶けきっていないカレーペーストを、くるくるお箸で撹拌してから、いただきます。ズルリ、ズルズル。うん、安定かつ間違いのないお味。


ここで、おにぎりをほおばり、すぐにスープを飲めばカレーライスを食べているかのような口内調味となる。


なるほど計算され尽くしたこの味には、思い出補正以上の実力があるんだな。


割り箸がすぐに黄色くなるのをみると、スープの飛び跳ねも気になりますが、カップに口をつけてすすればそれも杞憂。


唐揚げをパクリ、スープをゴクリ。ジャンクな脂にまみれた若き日々を思い出す、そんなブランチでした。


とはいえ、塩分過多な食事は喉も乾く。ゴクリとペットボトルのお茶を飲んで、カレーヌードルの余韻にサヨナラ。カレー臭はしばらく残るけど。


ごちそうさまでした。