讃岐うどんブームはひと頃に比べて落ち着いたけど、立ち食い界隈に与えた影響は大きい。
セルフで天ぷらを選ぶ、あるいはアツアツに生卵としょう油を回しかけた釜玉うどん、なんて発想は以前にはなかった気がする。少なくとも、私は知らなかった。
丸亀製麺は丸亀発祥ではない云々の記事も読んだけど、花まるうどんとともに、讃岐うどんを身近にしたのは間違いない。
さて、本日は釜玉うどん。肉そばがおいしいお店で、うどんもやってますといった感じなんだけど、フツーに釜玉うどんがあるのは嬉しい。
今日はそばの風味やざらっとした食感よりも、うどんの喉越しが欲しいのだナ。たぶん疲れてますねぇ。
アツアツのうどんに載せられた玉子。しょう油をひと回しかけると、卵かけご飯にも通じる香りがしてきます。
そんなツヤツヤのうどんを刻み海苔とともに啜り込むと、磯辺もちの面影が。海苔の香りとうどんのモチモチ食感がそう思わせるのでしょうか。
そこで竹輪の磯辺天を塩をひと振りしてパクリ。揚げたてゆえに内に秘めた熱気、揚げたてゆえに香ばしい衣、ベストマッチすぎるな、コレ。
東海林さだお先生のエッセイにもあったけど、竹輪というのは難儀な食べ物である。白身魚が、釣られて、捌かれて、練られて、焼かれている。
さらに磯辺になるために、衣をつけられ、油にまみれる。なんの因果でこんな目にあうのか? せめてもの手向だ、美味しく食べるのがよろし。
磯辺の半身は丼ぶりのフチで卵に漬け込み、残りのうどんをすする。そばもそうだけど、咀嚼を忘れがちになるので、もちゃもちゃと噛んでおく。
さて、途中水をグイッと飲んで喉を休めて、残る竹輪を惜しみつついただく。青さの風味が、なんとも鼻腔を艶やかにくすぐるネ。
こんどは、エビ天のせて食べようっと。
ごちそうさまでした。