食券のいいところは、注文を取り間違う可能性が低くなるところ。あと、店員さんが会計をしないから、清潔面や実務面からも好ましいかもしれない。最近はスイカ対応の店も増え、確かに便利になりました。
しかし一方で、入店していきなりメニューを決めなければならないという努力を客に強いるし、吉野家などは客とのコミュニケーションが減るから食券にしないともきく。
それに小規模な店では自販機のリース代もバカにならないし、メニューの融通性を考えると、一長一短ですかね。
「ちくわ天に玉子で」
立ち食いそば屋さんのカウンターでそう言えば、復唱とともにメニューが供される。カウンターに500円玉を置いてお釣りを受け取り、お盆を持って席につく。
まあ、シンプルながら無駄のないやりとり。
おっ、ここのちくわ天はよく見かける縦半分タイプではなく、まるまる一本ですね。ストローみたいに吸ったらツユが飲めるだろうか? いややけどするかな。
などと愚にもつかないことを考えながら食べていると、後客が二人連れでやってくる。
「えーっと、おそばで、かき揚げで、大盛り。あと、おそばで、かき揚げに玉子」
なるほど、この店はうどんも出すから、わざわざ「そば」と限定したほうが間違いがないのかもしれない。
とはいえ、一人が二人前を頼んで、それも似たようなメニューなので、確認と復唱に店員さんが戸惑っている。おそば、という接頭辞がついたことでリズムがズレたのかもしれないし、声が同じなのも混乱のもとかも知れない。
「大盛り? 盛りそばですか」と聞き直すや否や、
「あと大盛りのほうはワカメ抜いて。のってるでしょ、ワカメ」と追い討ちがかかる。
映画タンポポでは、主人公が多くの客のメニューを覚えて感心される場面がありましたが、世の中そんなにうまくはいかない。
幾度かのやりとりを経て、どうやら注文も通ったようで、図らずも立会人気分だった私もひと安心。
このコミュニケーションこそ、吉野家の理想像だね! などと納得、ツユで半熟になった黄身をひと口で飲みこんで完食。
…なんとなく、足早に退店しました。
ごちそうさまでした。