今日も 来て しまった

おいしく食べて、温かい布団で眠る。しあわせのかたちを考える日々の記録

麺喰らう(その 67)ラーメン

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連休中は遠出するでもなく、家族で買い物したり、外食したりするのが娯楽。


お昼に入った「回っているようで回っていない、でも注文品だけ回っている寿司屋」は、おいしいけどお高い。


1皿で日常ランチタイム1日分のお値段だと、ついつい緊張する。家族にはたくさん食べな〜と微笑みつつ、胃が汗をかくような感覚。


何というか、フトコロ具合の心配ではない。たまの贅沢なんだから、まあいいのだ。むしろ、日常に戻ったときの感覚の麻痺が怖い。


で、何となく遠慮がちになり、満腹で喜ぶ家族を尻目に腹八分目で退却。つくづく自分の小市民感がイヤんなるナ。


で、帰宅後スーパーへ向かう途中、連休に頑張るそば屋に立ち寄る。個人店の応援ではなく、単に小腹がすいたのだ。なんか、本末転倒な話だね。


ともあれ、何てことのない、街のそば屋のラーメンは貴重になってきた。


どこも代がわりに失敗したのか、街のそば屋はすごい勢いで減っている。時代の流れには抗えないけど、せめて舌で記憶せねばなるまい。


さて、こちらはいかにも支那そばといった趣き。四の五の言わず「ラーメン」といったネーミングも潔い。関東在住なら、だいたい思い浮かべるのは、こんな感じといったラーメン。


鶏ガラスープのしょう油味。具はホウレンソウ、ネギ、ナルト、メンマ、チャーシュー、ノリ。


これ以上足さない、引かない、これでいい。どこかそばつゆのカエシのような味がするのが嬉しい。


そば屋のラーメンというのは、そばと共通の具材も多い。こう、そばのついででやってるからネ、凝ったもんが食べたきゃ専門店に行ってネ。といった気概がちらほら見え隠れ。それがいい。


ラーメン用にわざわざ用意したのは、メンマとチャーシューくらいかな?  メンマは水煮っぽく繊維質がホロホロ、チャーシューは脂身が甘いタイプ。こういうのでいいんだよ。


いや、ラーメン大賞とか、気鋭の新店とか、雑誌やネットでみるのは好きだし、通勤動線にあればなるべく立ち寄るんだけど、シンプルというか基本があっての応用だからね。


地味な人がいるから美人が目立つ?  いや違う。月見草とヒマワリ?  うーん、例えが難しいけど、こういうのでいいんだよ、と繰り返さざるをえないかな。そうだな、毎日のみそ汁のような感覚に近いナ。


ともあれ、これで小腹は満たされた。丼ぶり1杯でお昼の高価な1皿とほぼ同じお値段。うん、日常回帰へのリハビリとしても優秀な1杯ですね。


ごちそうさまでした。