今日も 来て しまった

おいしく食べて、温かい布団で眠る。しあわせのかたちを考える日々の記録

定食春秋(その 537)オムライス

 

 

今でこそ、ネットで簡単にレシピが検索できるけど、昭和の頃はそうではなかった。家庭の味は秘伝のように受け継がれ、TVの料理番組をメモして新作を身につけた。

 

あとはレシピ本である。私はコンビニで何気なく買ったワンコインのレシピ本を20年近く愛用しているし、ベターホームが出しているような、手堅いのが間違いない。

 

で、オムライス。昔、実家で食べたのは、チキンライスに薄焼き卵がのせられた典型的なものだった。母がどこでレシピを手に入れたのか、今となってはわからない。

 

ともあれ、本日は喫茶店のオムライス。まず間違いのないヤツです。紫煙が立ち込めるなか水を飲みながらのんびり待つ。副流煙もお香の一種と思えば気にならない。

 

しばらく待ってやってきたのは、お手本のような見目麗しきオムライス。毎日商売でつくっているクオリティと比べてはいけないけど、昔食べた、懐かしさを思い出す。

 

今どきのトロトロタイプではなく、しっかり熱の入った卵はやはり嬉しい。スプーンを差し込んでひと口食べれば、バターと卵の甘みと薄味のチキンライスが実に合う。

 

やはりオムライスは、最初からケチャップをまぶすより、まずはやさしい味から食べたほうがおいしい。もうひと口食べたところで、真紅のケチャップを全体にまぶす。

 

あとはカチャカチャとスプーンを操って、ケチャップ味に耽溺する。ケチャップは決してフレッシュトマトの代替品ではない。この味をイタリア人に教えてあげたい。

 

サラダで口をサッパリさせつつも基本的にはケチャップ味。実家のオムライスは、ここぞとばかりに野菜を食べさせようと、玉ねぎが多かったなぁとしんみり思い出す。

 

ごちそうさまでした。