今日も 来て しまった

おいしく食べて、温かい布団で眠る。しあわせのかたちを考える日々の記録

定食春秋(その 647)ねぎとろ丼

 

 

昨日、丼ぶりものについて「名は体を示さない」と書いた。牛丼、豚丼、親子丼、中華丼あたりもそう言えるけど、ねぎとろ丼はさすがに、アレしかないと言えようか。

 

マグロの骨からねぎとった中落ちを叩いた「ねぎとろ」がのったアレである。朝令暮改、君子豹変す、名は体を示すものもあるようだ。とはいえ、ねぎは必須ではない。

 

上に書いたとおり、「ねぎとろ」はこそげとるの古語「ねぎとる」に由来するから、ねぎはなくともよいのだ。とはいえ、いろどりにのっているぶんにはウェルカム!

 

さて、ねぎとろ丼をよくみれば、うす〜い赤緑白の、イタリアントリコロールである🇮🇹なるほど、食欲をそそるわけだ、と納得しつつ、わさび醤油をくるりかけ回す。

 

ねぎとろは咀嚼がほぼ必要ないので、ごはんをグイグイと飲み込む快感が味わえる。マグロの脂を潤滑油に食材が喉を駆け抜けてゆく。チェイサーの味噌汁もおいしい。

 

半分ほど食べて小鉢や漬け物でひと休み。醤油を少し垂らして、ガブガブとごはんを吸い込んでゆく。ハッキリいって早食いだけど、たまには無礼講でいいじゃないか。

 

ごちそうさまでした。