今日も 来て しまった

おいしく食べて、温かい布団で眠る。しあわせのかたちを考える日々の記録

定食春秋(その 648)天然いくら丼 in なか卯

 

 

「どん」とは、名前に付く接尾語で軽く敬愛の感情が含まれる。殿(どの)」が変化したもので、南九州方言では敬称の意味合いが強く、いわゆる「西郷どん」が有名。

 

Q

うどんはうどんでも、麺類ではないうどんはなんだ?

 

いきなりですが、エッセイ漫画の大家・桜玉吉氏を悩ませたクイズです。氏は悩んだすえ「西郷どん」という答えに辿り着くけど、周囲に「牛丼」と指摘され煩悶する。

 

確かに「どん」と言われれば、先に浮かぶのは「丼」ですね。そんなことを思い出しつつ、天然いくら丼を待つ。Wild trout caviar rice bowlの英字が、微笑ましい。

 

「いくら」の語はサザエさんの「チャーン」「ハーイ」「バブー」しか言わない、あの子の名前で覚えました。長じて小4くらいで食べ物としての「いくら」を知りました。

 

だから「いくらどん」の響きには、言葉もままならない幼児が、西郷どんのように皆から尊敬を集めているというアンビバレンツを覚え、少しユーモラスに思うのです。

 

ともあれご自慢の天然いくら丼は、赤い真珠のようにキラキラ輝くいくらがたっぷりで、そんな私の先入観はどこかに飛んでいきます。匙を差し込んで、ひと口パクリ。

 

舌と口蓋でいくらを押しつぶせば、口の中でプチプチと弾け、生命のエキスともいえる旨みが広がります。白米がその濃密な味を受け止め、ずっと咀嚼したくなります。

 

いくらを食べるとき、塩分やプリン体が気になりますが、塩分はさておき、実はいくらのプリン体は少ない。魚卵なら粒の小さい数の子やタラコのほうが遥かに多い。

 

実はプリン体は魚卵よりもレバー、干物、あん肝などに多いとか。なんとなく魚卵=プリン体痛風といった誤解があるけど、その辺りは、ほどほどなら問題ないとか。

 

ともあれ、ごはん小にしたので、食事は早くも後半戦。付属のわさびをごく少量の醤油で溶いて回しかける。味の濃密さに慣れたところで味が素軽くなってなおよろし。

 

ウキウキと食べ終え、少ししつこくなった口を冷たい緑茶で洗う。なんでもない日なのに朝から贅沢してしまい、いつも以上に働くでごわすと、「いくらどん」に誓う。

 

ごちそうさまでごわした。